今野敏の『隠蔽捜査』、事件の展開を中心に、その周囲で繰り広げられる登場人物たちの人間模様、それぞれが追い求める正義を達成するための葛藤が描かれた、読み応えのある作品です。東京大学を卒業し、キャリアの警察官僚となった主人公、竜崎伸也は絵に描いたような日本社会におけるエリートです。物語の冒頭でも他の価値観を受け入れず、堅物の人間像が前面に描かれています。ただ、前例ばかりに従い、出世を目指す、一般的なキャリア官僚像と異なるのは、仕事と生きることに対する真面目さです。「すぐれた人間になること、それはすなわち感情に左右されない、理性的な人間になるということだった。」の言葉に、物語の根幹を成す、竜崎の生き様が凝縮されています。また、周囲の気持ちを汲み取ることが下手なのも事実です。ただ、不完全な人間であるという事実も、作品と竜崎自身により一層の深みと魅力を与えています。
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