『ワイルド・ソウル』

垣根涼介の『ワイルド・ソウル』に出会わなかったとしたら、過去に起こった、ブラジルへの日本人移民政策の問題を深く知ることはなかったかもしれません。そういった意味で、『ワイルド・ソウル』はとても衝撃的で、多くの人に新たな「視点」を与えてくれる作品だと思います。日本人移民が経験した過酷な体験は想像を絶しますが、そこから紡ぎ出される復讐劇のストーリーは正に一級品です。人種や立場を超えて、衛藤、ケイ、松尾、山本、貴子等、程度の差こそあれ、内面の葛藤がリアルに、生々しく描かれています。正義でもあり、悪でもある戦いの狭間に読者が置かれ、中立的な貴子の目線を通じて作品の中心に引き込まれます。人々の息遣いや風景等、ブラジルを中心に、細部の描写もとても緻密です。過去の出来事を知り、嘆き、怒り、主人公たちの一挙手一投足に期待、不安、安堵等、思いを巡らせる。「世の中には、二種類の人間しかいない、目に見えている世界の表層をなぞるだけの人間と、その表層の集合体から本質を見極めようとする人間だ」や「想像力、イメージング」等、文章を通じても、人間の内面に深く切り込もうとする力を感じます。とても壮大で「人間らしい」傑作です。

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